令和7年(2025年)4月25日、天然理心流勇武館は、会津天寧寺、米沢高國寺にて行われました近藤勇追善供養墓前祭に参列させていただきました。

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 本日のコーヒーは、ブラジル トミオ・フクダDOTです。

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 今日も、どうぞごゆっくりお楽しみ下さい。

4月25日 勇武館は希望者を募り、会津天寧寺・米沢高國寺にて執り行われました、近藤勇追善供養墓前祭に参列させていただきました。 

 会津ライオンズクラブ様が主催されます、この近藤勇追善供養墓前祭は、50年を超える歴史を積み重ねられています。天寧寺様から墓所への山道を辿りますと、近くの林からウグイスの鳴き声が盛んに聞こえます。まるで近藤や土方が待ちかねたように。

 墓前祭は、午前11時より始まりました。会津若松ライオンズクラブ関係者、新選組ファンの方々、
 遠路はるばる九州佐賀県からお越しの女性の方、勇武館門人達が参列。天寧寺御住職様の厳かな
 読経を頂く中、参列者の皆様、それぞれ近藤勇、土方歳三の墓前に進み、手を合わせ、頭を垂れ、
 心のこもったお焼香を頂きました。誠に有り難うございました。

 今から157年前、慶應4年(1868年)4月25日正午、近藤勇は江戸板橋の刑場で、江戸城へ向き
 一言、二言語りかけ、一礼してむしろに座し、「宜しく頼む」と首穴に身を乗り出した。と、この時の
 様子を甥の宮川勇五郎が語っています。

 今年も多くの方々に暖かい心で弔っていただき、近藤、土方もよほど嬉しかったのでしょう、山道を
 下る私たちの背中をポン、ポンとたたきながら、来年も待ってるよ!との声が。心が和みました。
 
 毎年、この日、この時に合わせて、50年を超えて近藤勇追善供養墓前祭を営んで頂いております、
 会津若松ライオンズクラブの皆様に、生家子孫として心から御礼申し上げます。
 誠に有り難うございました。

 午後、勇武館一同は米沢街道を北へ走り米沢市鍛冶町に在ります、松高山高國寺の近藤勇墓前祭へ。
 この米沢街道は、かの戊辰戦争で苦戦中の会津藩を救う為、土方歳三が馬を駆って米沢藩へ援軍を
 願いに走った街道。峠道には、まだ深い残雪が散見され、さぞかし往時も峠越えには苦難が伴った
 事と思います。

 高國寺には、近藤勇の首塚が有り、毎年4月25日には、地元有志の方々による近藤勇供養祭を執り行
 われております。
 近藤勇と高國寺様とのご縁の始まりは、米沢の有力者だった近藤金太郎氏が近藤勇の幼な友達で、
 板橋の刑場から勇の首を持ち帰り、大切な人の首だからと家人に話し、ここ高國寺に埋葬し弔った
 のが最初との由。以来、近藤勇の命日には、事情を知ってる方々による供養が続けられ、明治100年
 の昭和42年(1967年)より一般の方々も参列されるようになった由。
 江戸から遠く離れた山形米沢の地で、勇の首を手厚く弔っていただいている事、近藤勇生家子孫として、
 誠に有り難く、心から御礼申し上げました。

 墓前に花と線香を供え、しばし手を合わせ、頭を垂れ、近藤勇の胸の内を慰めました。
 また、供養祭役員による、近藤勇辞世の句を朗々とした美声にて吟詠していただき、不思議に心が
 和むのを覚えました。有り難う御座いました。
 本日は近藤勇親族が来訪とのことで、地元の米沢テレビの取材をうけました。宮川家と近藤勇、
 高國寺と近藤勇の関係について説明し、子孫として、高國寺様のご厚意に感謝し、御礼申し上
 げました。
 余談ですが、28日に放映されました。

 一通り式も終わり、会津若松へ戻りホテルへ。多忙の一日でしたが、天寧寺・高國寺を訪ね、
 近藤達と心を通わせた事、充実感に満ちた心地よい疲労感に浸りました。

 有り難う御座いました。