10月21日、秋雨前線が居座るなか、茨城県立歴史館にて開催されています特別展示(平成29年10月7日~11月23日) 「志士のかたちー桜田門・天狗党、そして新選組」 展に行って来ました。
10月21日、秋雨前線が居座り小雨の降る中、茨城県立歴史館にて開催されている特別展示 「志士のかたち―桜田門、天狗党、そして新選組展」 を見学に行って来ました。
(開催期間、平成29年10月7日~11月23日)。
「学は水府にあり」の言葉通り、真の尊皇攘夷思想の実践の為、立ち上がった水戸藩士達の功績をはじめ、激動の幕末期、水戸藩の史実を学芸員から多くの資料を元に詳しく伺い、大変勉強になりました。
藤田東湖、武田耕雲斎、会沢正志斎など当時著名な学者による、国の安寧を願い、外国に侵略されない海防中心とした国造りの必要を説いた尊皇攘夷論が、幕末、不逞浪士達の倒幕運動の教本になった事は誠に残念でした。
この尊皇攘夷論を利用して、倒幕を企ている長州藩有志と水戸藩有志との間で、万延元年(1800年) 8月に取り交わされた 「成破の盟約」 (水戸藩が国内の破壊的行為を行い、社会を混乱させ、長州藩が幕政改革と事後の倒幕を目指す内容)により、先走った水戸は桜田門外の変、坂下門外の変、天狗党の蜂起、で起きた藩内抗争の激化などで多くの人材が失われ、以降、水戸藩は歴史の表舞台に出る事は限られました。
あらためて展示資料に目を向けると、純粋な「尊皇・攘夷」 の思想を利用され、志半ばにして斃れた志士達の無念さに同情の念がつきません。
また、新選組と水戸は縁も深く、芹沢鴨、新見錦達をはじめ、脱退した伊東甲子太郎、鈴木三樹三郎達も水戸石岡の出身でした。
近藤勇も 「我らの志は天朝を奉じ、躬は大樹公に志願して攘夷の魁の為、京に留まっている・・・」 との手紙を郷里へ送っていますので、水戸出身の彼らと一時的には気が合っていたのでしょう。
会場には、近藤勇の詠んだ漢詩書の七言絶句 「忠と考を尽くし 英雄にあらずとも 赤心を抱け・・・・」 の掛軸をはじめ、伊東甲太郎が山南敬助の切腹の際、読んだ追悼歌、 「春風に 吹き誘われて 山桜 散りてぞ 人に惜しまるるかな」 の和歌も展示されています。
いずれの展示資料も、激動の幕末史の真実を伝える貴重な資料ばかりで、一見に値します。
ぜひ、会場にお運び下さい。